亡国記念日に:愛しき者達へ



兄ちゃんへ



お元気ですか?
学校は冬休みになりましたが、俺は槙原先生の補講があって忙しいです。

ここからが大事な話です。
今度の1月1日の午後三時に幽霊棟に来てください。
どうしても皆でやりたいことがあります。
絶対に来て下さい。

P.S.メリークリスマス!兄ちゃんのところにサンタは来た?




「……」



ベッドにもたれ掛ったまま文面を目でゆるゆると追った後、手の中にある煙草を灰皿に押し付けてもみ消した。

イルミネーションが騒がしい街を通り抜け、仕事から帰ってポストを確認すると清史郎から手紙が届いていた。
いつもは風景が描かれている絵葉書だったが、クリスマスの時期だったためか、今回はクリスマスにちなんだ絵葉書だった。
それに清史郎はもう旅には出ていないのだから、それも仕方がないことなのかもしれない。

しかし、クリスマスの絵葉書で元旦の呼び出しをされるとは。

返信をしなければと思い、なんの変哲もない葉書が入っているはずの引き出しに目を向けたが、手を伸ばすことはなかった。
理由は簡単だ。俺はいま疲れていた。
明日起きてから手紙を出しても、元旦までにはなんとか届くはずだ。


それにしても、


「サンタな……」


良い子に夢とプレゼントを届けてくれるじいさん。
俺のところにはついに一度も来なかったが、そのかわりならいた。


……年中俺にハプニングを届けてくれる弟がな。

























一月一日、午後二時五十分。


身を切るような風を全身に受けながら、単車で幽霊棟を訪れた。
ここに来たのは久しぶりだったが、不気味な外観なのは相変わらずで冬の侘しさが更に人を遠ざけているような気がする。
が、俺は躊躇することなく幽霊棟の扉をノックした。

……建物の中からけたたましい足音がこちらに近づいてくる。


「兄ちゃんいらっしゃい!!」


勢いよく開かれた扉から清史郎が笑顔で現れた。
挨拶もそこそこに、後ろに回りこまれ背をぐいぐいと押される。


「もう皆集まってるからさ!」


背中を押されながら導かれた食堂への扉を、清史郎がまた勢いよく開けた。
食堂には久しぶりではあるが、見慣れた顔が並んでおり視線がこちらに向く。
あとテーブルの上にある膨らんでいるでかい袋と、アルミホイルが目に付いた。


「あけましておめでとうございます。お久しぶりですね、津久居さん」
眼鏡の奥で晃弘が微笑む。

「いらっしゃい賢太郎、あけおめ」
携帯電話から顔を上げて咲が笑う。

「待ってたよ。あけましておめでとう、賢太郎」
寒いせいか、両手をさすりながら春人が笑いかける。

声をかけてきたのはこの三人で、瞠と煉慈は清史郎のほうを見ていた。


「…で?新年早々俺たちを集めた理由は何だ、清史郎?」
「何だ、お前らも知らないのか?」
「内緒だって、清ちゃんが」
「へへー、ちょっと待っててな!」


楽しそうにドタドタと新館の方へ清史郎は消えていった。
そして俺は気付いた。


「…よう」
「ようじゃねーよ。もう、何で津久居君まで……」


入り口の方の壁際に立っていたから、室内に入るまで気付かなかった。槙原もいた。


「何でこんなところに突っ立ってんだ」
「寒かったから、ちょっと歩き回ってたんだよ」


だからって何で気配消してたんだ。どこの忍者だお前は。
槙原は槙原で、はあ……せっかく僕の生徒と楽しく過ごせると思ってたのに何で津久居君が、などとブツブツ言っている。


「ところでそのテーブルの上の袋の中身は何だ」
「芋だよ」
「芋?」
「清ちゃんが持ってきたんだ」


こんなに大量の芋を一体どこから手に入れたんだ。
……まあ清史郎のことだ、農家に知り合いがいるんだろう。
あいつの顔の広さと、他人からの好かれやすさは尋常じゃない。


「大方、芋焼いて食うんだろ。それしかない」
「でもなんで今日なの?わざわざ正月にすることなくない?」
「それは僕もそう思う。でも、清史郎の考えることはいつも突飛だから」
「さっちゃんが言うなよなー。あとお前一人でバクバク食うなよ?」
「足りなかったら僕の分を上げるよ、和泉」


しかし、こうしてこいつらと集まって芋を食うことになるとは……去年のことが嘘のように思える。
あの時はわけもわからないまま監禁をされて、いつ殺されるかと思っていた。
実際死に掛けたこともあるしな。

だがこうして何気ない会話をしているのを聞いていると、やっぱりこいつらは子供なんだなと思う。
いや、始めからそうだったのに気付けていないだけだった。


こいつらが、あくまでも年相応の子供だということを。



「先生と賢太郎も、いつまでも立ってないで座ったら?」

春人が空いている席を指差す。
その指示に従ってテーブルの方に移動し、椅子に座ろうとした。
が、それはかなわなかった。清史郎が戻ってきたからだ。


「みんなおまたせーっ!さあ、外に行こう!」


しかし、皆の視線が清史郎に向いたその時―――空気が凍りついた。

瞠も、煉慈も、春人も、咲も、晃弘も、槙原も。清史郎へ向けられた笑顔が張り付いたまま、目を見開いて固まっている。
俺もきっと、似たような表情をしているに違いない。
さっきまでの和やかな空気が死んで、冷たい沈黙が降りる。


「清史郎、お前……何を、するつもりなんだ……」


その沈黙を何とか破って清史郎へと問いかける。
問いかけられた本人は、俺の質問にきょとんとした顔をして、そして笑った。


「今から川原に行って、焼き芋をしまーす!!」


























かき集めてきた落ち葉が炎によって灰となったあと。
その中に放り込まれた銀色の塊は、時間が経ったことによりすでにいくつかは発掘されて各々の手の中にあった。
空は突き抜けるように青く、たまに冷たい風が吹いて俺たちの身を縮こまらせるが、さほど寒くは感じなかった。


―――去年の今日、何があったか覚えてる?


「まだあるからなー!ほらほら、もっと食えって!」
「どんだけ食わせるつもりなんだよ清史郎!これじゃ夕飯食えなくなるぜ…」
「いいんじゃない?清史郎、僕もっと欲しい」

先ほどまであった焚き火の周りには、落ち葉を被せられ銀色のアルミホイルが巻かれた芋が何個も転がっていた。
そしてその更に外側で、生き返った和やかな空気の中俺たちは芋を食っている。


―――俺がみんなをネヴァジスタに連れて行こうとしたのを、兄ちゃんと先生が止めてくれた。


たださっきと違うのは、瞠が涙目になって春人や晃弘から慰められながら芋を食っていることだ。

「大丈夫かい、久保谷」
「うん……うん、ありがとう茅サン……」
「ほら瞠、泣かないで?」


―――大人になることに絶望しなくていいんだって、二人が教えてくれたんだ。


槙原はそんな瞠たちを横目で見ながら微笑んで、あらかじめアルミホイルで巻かれていた追加分の芋を落ち葉の中に放り込んでいる。
芋を片手に焚き火の跡地を見下ろし、俺はその中心で燃えていたものに目を向けた。

丁寧な装丁が施され英文で綴られた文章が並ぶ、古びた本。
今はもう、燃え残った欠片がわずかに残っているだけ。


―――だから、もうこれはいらない。……こんなもん書いて、ごめんな。


清史郎が書いた、ネヴァジスタだ。






―――今から一緒に、ネヴァジスタを滅ぼそう。



















「うわ!ちょっと手ぇ汚れたから、洗ってくるな!」


みんなの輪から外れ、手首をぶらぶらさせながら川の方に向かって駆け出す清史郎を見やる。

「……ったく」

一度息を吐き出し、手の中にあるアルミホイルをくしゃりと潰してゴミ袋に放り込んでから、そのあとを歩いて追う。
歩くたびに靴の底と砂利が擦れる音がする。追ってきているのはバレているだろう。
その証拠に、清史郎は川岸にたどり着くと、しゃがみこんでからあっさりと後ろを振り返った。


「兄ちゃんも手、洗いにきたの?」
「いいや。お前が何をするのか気になってな」
「……なんでこういう時は分かっちゃうかなー、兄ちゃん」
「あんな辛気臭い顔で手を洗いに行く奴がどこにいるんだ」
「そんな顔してた、俺?……まあいいや」


清史郎が上着のポケットから、ライターと宛名の書かれていない封筒を取り出す。

そしてすぐさま、それに火をつけた。

「おい……!」

真っ白な封筒は火をつけられた箇所から黒く燃えてゆき、そこからだんだんと燃え広がって原型を留めなくなっていく。
黒く燃え落ちた紙片は、風に煽られて次々に空へと吸い込まれていった。


「手紙、書いたんだ。……鉄平に」


古川の名に、一瞬息が詰まる思いがした。俺のせいで人生が終わったと遺した、槙原の教え子で――清史郎の友達。
だが清史郎の横顔は穏やかなままだった。

封筒は炎によって侵食され続け、火の手がそれを持っている清史郎の手に届く前に、清史郎はそれを手放した。
砂利の上でわずかな煙を上げながら、中の紙ごと燃え続ける。
立ち上がって、澄んだ空を見上げる清史郎の表情は伺えない。


「本当はさ、灯篭を空に飛ばすみたいな感じでやりたかったんだけどな。でも――」


火の勢いは徐々に弱まっていき、白い面積も残り少ない。
煙は静かに、ときに風に吹かれて空へと上っていった。


「こっちのほうが、届きそうだよな」


笑顔の中に、ほんの少しの寂しさを混ぜて俺へと振り返る。
足元で燃えていたものはもう燃えカスとなり、炎は自然に消滅した。









「おーい、清ちゃーん!次の焼けたぞー!早く来ないとなくなっちゃうよーん!」

先ほどまで泣いていたとは思えない明るい瞠の声に、清史郎は振り返った。
片手をあいつらに向かって振り、もう片方の手で口の横に壁を作る。

「おー!いま行くなー!……兄ちゃんも、行こっ!」

破顔して、あいつらの元に駆け足で戻ろうとする清史郎に、俺は。


「……きっと届いてるさ」


聞こえるか聞こえないくらいで呟いたつもりだったが、ちゃんと聞こえていたようだ。
前を向いたまま小さく、「うん」と頷いて清史郎は駆けていった。

清史郎が古川にどんな手紙を書いていたかは分からない。
燃やした手紙が死者に届くのか、ということも。


だけど。
届けばいいと――届いていたらいいと、何の根拠もなく、ただ願った。

去年のあの時、俺たちの想いが歪むことなく、真っ直ぐあいつらに伝わったように。



「兄ちゃーん!早くー!」


あいつらの輪に戻った清史郎が笑いながら俺に手を振る。
それに応えるように、俺はほんの少しだけ微笑み返して歩き出す。


ネヴァジスタは無くなった。
例え存在したままだとしても、あいつらの未来を過去に奪わせたりはしない。
それにあいつら自身も、もう分かっているだろう。

どんな過去を持っていたとしても、自分を愛してくれる存在がいるということに。

その事に気付けているのなら、あいつらはもう過去に引きずられること無く、前を向いて自分の足で立って生きていける。
もしも立っていられなくなったら、誰かに縋ればいい。その時伸ばされた手を、掴んでやるのが俺たち大人の役目なのだから。




















「兄ちゃん遅いー、ハイ!芋」
「ああ」
「さっき二人で何してたの?」
「へへー、内緒!」
「また内緒事かよ、このやろー!」

悪戯っぽく笑う清史郎に、瞠が笑いながら肩に腕を回して締める真似をした。
そうして皆が楽しそうに笑う中、晃弘の視線がさっきまで俺と清史郎がいた辺りを見つめていることに気付いた。
不思議そうな顔で、じっと一点だけを見ている。

「晃弘、どうした?」
「津久居さん……あそこに人が」

人?

見通しがいい場所だから、人がいるとしたら見落とすはずは無い。
だが、俺たち以外には誰もいない。
そんな俺の心中を察したのか、晃弘は少しだけ呆れたように小さく息を吐いた。

「また僕だけですか……」


また?



「僕よりもちょっと年上くらいの男の人が、泣きながら清史郎と槙原先生の名前を呼んでます。―――お二人の知り合いかな?」



俺に向けられた晃弘の言葉はしかし、周りにも聞こえていたようで。
ピタリと、全ての動きが止まった。


けれど。


次の瞬間には、二つの風が目の前を横切っていった。






END






色んな意味で衝撃的な物語を読んでもう一年経ちましたが、
今でもプレイすると余裕で泣けます。
あれほどまでに心に響いた話を読んだ事はなかったと思います。
ええい、堅苦しいな。
図書室のネヴァジスタ一周年、おめでとうございまーす!!
めでたいめでたい!
ネヴァに会えて本当に良かったです!ネヴァ愛してる!!!


◆ 煉都
◆ @@rento24ss
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