宵闇


 色とりどりの包装を順番にばりばり破いていく。クッキー、チョコ、スナックなどの個包装された徳用菓子袋の中身を、数が分かりやすいようにきちんと並べていく。寮の狭い床面積では難事業なので、ベッドの上も利用する。
「さっちゃん、袋全部開けて中身並べ終わったらそれぞれの数も数えて。人数分プラス予備で二袋作るから、余る分は最初に取りのけて置けば、詰めてく時に余分に入れたり足りなかったりしにくいから」
「分かった」
 瞠の指示は淡々としていて容赦なく、同級生に作業を手伝って貰っているという状況からすると少々ドライ過ぎた。僕以外が相手だったらもっと気配りを見せて、手伝わせてすまないとか、もしかすると手伝わなくていいとすら言っていたかもしれない。何か一つ指示するにも、気配りというオブラートでくるんでいた筈だ。
 瞠はふだんから僕に対してかなりぞんざいだ。春人なんかとは仲は良くてもかなり気を使ってるのが周りにもよく分かるくらいなのに、僕のことはどうでもいいと思っているのが時々透けて見える。
 瞠にやさしくしてもらえないのはつまらないけど、他の奴らはみんな瞠のよそ行きの顔しか見れてないとも言える訳で、僕は自分への扱いを割と気に入っていていた。
 瞠はリボンを束ねて同じ長さに揃えて切ったものの端っこに、ちょんちょんとツバメのしっぽみたいに切れ込みを入れていかにもリボンって感じに加工している。手慣れたものだ。
 今日は授業の後寮に戻ってきたところで、寮に車を横付けして玄関先に数箱の段ボール箱を降ろしている誠二に出くわした。予想外のところで会えたのが嬉しくて駆け寄ったら、仏頂面の瞠が寮の奥から出てきて、その場に積まれた段ボール箱を抱え上げた。
「ったく、頼むならもっと早く言えよな。今日持ってきて今日中、ってどういうことだよ」
「他の都合があってなかなか準備が出来なかったんだよ。早めに用意して施設に置いておくと誰かが開けちゃうかもしれないだろ?」
「にしたってさあ・・・」 
 二人が家族のように親密なのを見ると混ぜて欲しくなる。
「どうしたの、誠二?」
「やあさっちゃん。瞠くんにちょっと頼みごとをね。あんまり快く引き受けてはくれてないけど」
「僕でよければやるよ」
 瞠がちょっと顔をしかめる。
「ほんとかい? そうだ、それならさっちゃんに手伝って貰えばいいじゃない。手伝ってくれるよね? お礼にお菓子をあげるよ」
「子供の駄賃かよ」
 ぶつくさ言う瞠にはてんで構う様子もなく、誠二は車に乗り込んだ。
「じゃあまた後で取りに来るからね。よろしく頼むね。やり方はだいたい分かるでしょ? 余った分は取って置いていいから」
「ああ」
 そのまま慌ただしく去って行った。誠二と一緒に居られるかと思って手伝うと言い出したのに。僕は、あてが外れて少しの間ぼんやりと車の去って行くのをただ眺めていた。
「誠二は教会で色々やることがあるんだってさ」
 瞠が僕の気持ちを見透かしたようにそっけなく声を掛けてよこす。取りあえずこれ全部俺の部屋に運んで、と言い捨てて二回の自室へと上がって行った。

 頼まれた仕事は、瞠と誠二の育った施設で行われるクリスマス会で配るお菓子の袋詰めだった。個包装のお菓子を等分に分け、婦人会に毎年作ってもらっているというもみの木と人形の形をしたクッキーの入った透明な小袋と一緒に、かわいい模様の入った袋にまとめて行く。僕も同じような物を子供の頃もらったこと記憶があった。瞠は慣れた作業らしく、効率よく指示を出してくる。
袋にそれぞれの分を詰め分けて、最後にリボンで口を結ぶ。僕は形よくリボンを整えることが出来なかったので、二、三個やったところで後は全部瞠に任せてしまった。瞠は器用にしゅるしゅるとリボンを結び、僕の作ったいびつなリボンもきれいに結び直した。同じもののし上がりがどうしてこうも違うのか不思議だ。
「すごく上手いね」
「まあ、毎年のことだからな。中学ぐらいから裏方に回ってこういうの散々やってるし。施設の方でやるとどうしても子供たちに見られちゃうだろ。いつもこっちの教会とかでやるんだけど、教会にも時々あいつら来るから」
「見られると、なんかまずい?」
 瞠は一瞬、僕が何を言ってるか分からないようだった。
「まずいっていうか・・・つまんないだろ。クリスマスなんだから、突然空中から取り出したみたいにもらうんでないと。誰かが買って来て配ってるのが丸見えなんじゃ、ありがたみがないっていうか。こういうきれいな袋でもらって、何が入ってるか分かんないとこがいいんだよ」
 そんなものだろうか。
「クリスマス会ってどんな感じ?」
「学校でやるお楽しみ会とかとそんなに変わらないだろ。演し物があって、クリスマスのお話をしてもらって、お祈りの後でごちそうだ」
「お祈り? お祈りってどうやるの」
「改めて聞かれると困るなあ・・・」
 瞠は頭をわしわしと掻いて考え込む風だった。
「心の中で神様に話しかけんだよ。いつもありがとうございます、とかそんなことを」
「お願いごとしたりとか?」
 僕は神社での初詣を思い浮かべていた。神社の賽銭箱の前でがらがらんと大きな鈴を鳴らして、お金を投げ込み、みんな神妙な顔で手を合わせる。いいことがありますように、悪いことが起きませんようにと。それなら分かる気がした。
「そうだな。あんまり自分勝手なことはダメだけど。こうあって欲しいとか考えるのもアリかな」
 瞠はどんなことを願うんだろう。
 誠二には瞠のことを色々教えて貰っていた。瞠にはお父さんもお母さんも居なくて、赤ちゃんの時に名前だけもらって施設に置き去りにされていたこと。ちょうど今ぐらいの時期のことだ。瞠の誕生日は、その時の外見から判断したもので、だいたいのところで四月一日に決めたのだということも。
 瞠の母親はどんな人だったんだろう。僕は花の友だちの子供を抱かせてもらった時のことを思い浮かべた。とても大事な壊れ物を預かっているみたいで、なんだか落ち着かなくて、すぐ返してしまった。花の友だちはすごく誇らしげにその子を抱いていた、ような気がする。
「例えば、お母さんに会えますようにとか?」
 瞠はまじまじと僕の顔を見つめた。今初めて僕がここに居ることに気がついたように。
「・・・さっちゃんはすげえこと聞くなあ・・・」
「聞いちゃまずかった?」
「いいや。・・・そうだな、子供の頃はそういうことも考えたよ。今は・・・どうだろう。もし会えるとしても、会うのは怖いかな」
「怖い?」
「ああ、自分がその時に何を思うか分からなくて怖いよ。色々言いたいこともあるけど、それを言ったって今更もうどうにもなんないだろ。だから会って蒸し返したくない」
 そう言いながら瞠は余り菓子を集めてあった箱から一人分より明らかに多いお菓子を袋詰めにし、リボンを普通のちょうちょ結びではなくて、少し時間をかけて花の形にきれいに結んでみせた。
「ほい、さっちゃんの分! 手伝ってくれてありがとな」
 その瞬間、瞠が僕に対してもよそ行きの顔になってしまったと感じた。踏み込み過ぎたんだ。
「こんなにもらっちゃっていいの?」
「いいんだよ。子供らの分に適当に振り分けると、隣のやつと中身が違ってる!ってなって喧嘩のもとだからな。俺だけじゃ食べきれないし」
 僕はもう一度瞠の壁の内側に入りたかった。いつもみたいにそっけなくされたかった。例え瞠を怒らすことになったとしても。だから重ねて尋ねた。
「瞠のお母さんを探す方法は、ないの?」
 探さなかった筈はないのに、訊かずにいられなかった。瞠は会いたくなくても、僕は会いたかった。会って、どうして瞠を置いていったのか、直接聞きたかった。
 瞠は怒ろうか受け流そうかちょっと迷っているみたいに顔をしかめていたけど、ため息をついて、諦めたように口を開いた。
「・・・俺の出生届が出てたら、見つかるかも知れないけどな。施設に来たときには八ヶ月くらいになっていて、健康状態も特に問題なかったって話だから、・・・母親が出してる可能性もあるっていうんだ。施設の人たちが調べた範囲では見つからなかったらしいけど」
 瞠は小さな声でそう語った。
 出生届。そこには瞠の母親がどこの誰であるか記されているのだろうか。
 生まれてから瞠が施設に置き去りにされるまでの八ヶ月間。生まれてすぐ手放したならともかく、一定の期間一緒に居たのなら、彼女は当初瞠を育てるつもりがあった筈だ。たとえ他の選択肢がなくて、一緒に居ざるを得なかっただけなのだとしても。育てたくて育てていた訳じゃなくても。
生まれたての嬰児は、世話をする意志のある人間の存在なしに生きていけるようなものじゃない。それは僕にだって分かる。
 八ヶ月。温かく重く湿った生き物と生活をともにした後で、繋がりを辿ることの出来ないようなやり方で置き去りにした。自分の子供にうんざりした? 持て余した? 虐待のリスクから遠ざけようとした? 
 それが周りからどのように見えるかはさておき、彼女はどこかで瞠を育てられないと判断したんだ。
「まあでも、向こうはこっちのことなんか忘れてると思うよ。多分俺が重荷だったんだろうし。最初から居なかったつもりで、何事もなかったように生きてるんじゃねえの」
 瞠は投げやりな口調でそう言いながら、自嘲するように笑っていた。そんな取り繕うように笑わなくていいのに。僕の前では。少なくとも僕の前でだけは。
 菓子袋を詰めた箱を持って、また玄関まで降りる。
 冬の日は既に落ちかけていて、山の合間から除く空はオレンジと紺の派手なグラデーションになっていた。
「そいじゃもうすぐ誠二が取りに来るから。今日はありがとな、さっちゃん」
「別にいい。お菓子ももらえたし」
 打ち合わせしてあったのか、誠二は本当にすぐに来た。これからいっしょに施設に行って、まだ手伝いがあるという瞠を手を振って見送る。瞠は苦笑しながら手を振り返してくれた。
 誠二が来た途端、どこか疲れた顔をしていた瞠が目に見えてほっとしたのが分かった。瞠にとって、一番なんの気負いも要らない相手はやっぱり誠二なんだろう。分かっていたことでも、余り面白くなかった。僕はだんだんと濃くなる夕闇の中、二人の去った方をただぼんやりと眺めていた。



ネヴァジスタを買った時は、こうして大勢の人と
作品を通して知り合うことになるとは思ってもみませんでした。
いつも新鮮な驚きと楽しみをありがとうございます。
これからの一年もまた、多くの人がネヴァジスタを楽しまれますように!


◆ジョー
◆@onliquidcrystal
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