涙がでるのは、嬉しかったからじゃなくて

「なんだ、これは」
一番最初に不満そうな声を上げたのは、辻村だった。
「見ればわかるだろ」
そんな唸るような声など何処吹く風で、煙草をふかしながら賢太郎が答える。
見ればわかる。
その言葉に、瞠はもう一度手元をみた。
まあ、確かに見ればわかる。
「ポチ袋」
「ポチ袋だねえ」
答えを言ったのは和泉で、のんびりと何処か眠そうな声で白峰が続ける。
確かに、それは瞠にもわかる。
手の中には、長方形の封筒が二つ。
のしと右上に書かれたそれは、日本人ならば誰もが一度は目にしたことのあろうポチ袋だった。
「や、あのさ‥‥」
それは、わかる。
わかるのだが‥‥
「今日は、元旦じゃない」
お屠蘇を舐めるというよりは、がぶ飲みの勢いで消費しながら槙原が笑うので、それ以上の言葉を瞠は飲み込んだ。
「どうせ、お前らはお年玉だのなんだの騒ぐだろうからな」
だから、最初から準備していたのだと得意そうに鼻を鳴らす。
「くれるんですか?」
「ねえねえ!兄ちゃん、開けてもいい?」
「ああ」
なんの疑問ももたない茅と清史郎が、大人組二人から渡されたポチ袋に手をかけるが、瞠は到底そんな気になれず、胡乱な目で槙原と賢太郎を見比べただけだった。
「あれ?久保谷君はあけないの?」
「え、えっと‥‥」
「ガキが遠慮するな」
「おい!俺が言いたいのはそこじゃない!」
今まで無視をされていた形の辻村が、ぽち袋を掲げるようにして割ってはいる。
「なんで、ポチ袋がぼこぼこしてるんだよ!!!」
辻村の言うとおり、二人に渡されたポチ袋は不自然なまでにでこぼこした形をしていた。
なんといか、明らかに本来の使用目的以外だとわかる膨らみである。
大人二人は、やはり辻村の問いには答えずに、ただ笑っているだけだった。
「あ」
上がった声にそちらを見れば、清史郎の手元‥‥賢太郎からのポチ袋から零れたのはいくつかの小さな袋‥‥
「あめだ!」
「ハッカばっかりだね」
ざらりと手の中にあけたそれをのぞき込みながら、和泉が言う。
「えー。俺ハッカ苦手ー」
「清史郎。高校生にもなって好き嫌いをするんじゃない」
そういう問題じゃないだろうと突っ込みたいのをこらえて、瞠は自分の袋の口を開けた。
確かに、和泉の言うとおり明らかにミント系だとわかる緑色の飴の袋が詰まっている。
「ええっと、じゃあマッキーのは?」
窺うように見れば、えへへと照れくさそうに笑顔が返った。
「津久居君よりは、いいものだよー?」
「ええー?」
最初がこれでは、同じようにぼこぼこしたポチ袋の中身など期待できそうもない。
辻村なんて、開封もしないで苛ただしそうに二つの袋をテーブルの上に投げ出している。
賢太郎がミントの飴ならば、槙原はオレンジとかだろうか。
確かに、ハッカよりは食べやすいのでいいものと言えなくもない。
ぐるぐると考える久保谷に、茅が声をかけた。
「久保谷」
「どうしたっスか」
「ビー玉だよ」
「はい?」
「ビー玉」
そっと茅から差し出された袋の中には、きらきらと光を弾く色取り取りの硝子玉がはいっていた。
「綺麗でしょ」
ご機嫌な調子で、槙原が言う。
「ええ。綺麗ですね」
にこにこと、応える茅になんとなく頭が痛くなった。
「槙原。お前、ビー玉はないだろ」
あめ玉のお前が言うなとは思うが、確かに言いたい。
何故に、ビー玉。
「あめ玉よりいいじゃない」
「馬鹿か。飴は食えるだろう」
「お前等、どっちもどっちだ!」

レンレン、ごもっとも。

内心で深く頷いて、久保谷は息を吐いた。
「え。駄目だった?」
心配そうな声を出されて、思わず目を泳がせる。
「ねえ。普通、お年玉って現金じゃないの?」
今まで黙って袋の中身を検分していた白峰の言葉に、子供達は全員深く頷いた。
それに、大人二人は顔を見合わせる。
「あのね」
「あのな」
同時に口を開いて、再び顔を見合わせると目線だけで互いを促した。
普段は仲が悪い癖に、こういう時だけは息がぴったりである。
互いに、互いへ押しつけあうような沈黙の後、賢太郎が口を開いた。
「大人が皆、金を持っているとは限らない」
続いて、槙原。
「教師って、意外と薄給なんだよ」
「ただでさえ、年末は金が入り用なんだ」
「忘年会シーズンだったしね」
「新年会もあるしな」
「お年玉とか」
「そんな金はない」
口々に世知辛い大人の事情を聞かせてくる、大人げない二人は本当に仲が悪いのかと疑いたい。
「大変だね」
まったくの無感動な声は、和泉だ。
「ああ」
「同情して」
「でも、だからってなんでこんなもん」
いささか毒気の抜けた辻村に、大人二人は悪びれもなく答える。
「「一応、お年玉にかけて」」
「駄洒落かよ!」
これには、思わず突っ込んでしまった。
「ねえ。さっきから気になってたんだけど」
「なんだ」
「これ、兄ちゃんの職場の近くにある焼肉屋だろ?」
「あ。ホントだ」
清史郎に指摘された飴の袋には、確かに焼肉屋っぽい店名がプリントされている。
「ああ。焼肉屋のだからな」
「それって、会計の時にくれるおまけの?」
全く悪びれなく、賢太郎はそうだと言った。
「さいってー!本当に君って人は!あ。僕はちゃんと買ってきたからね?」
「ビー玉な時点で同じだろうが!」
「まあ、先生と賢太郎ならこんなものでしょ」
ぎゃあぎゃあと不毛な口論をする槙原と賢太郎も、そんな二人を叱る辻村も、辻村を宥める白峰も、袋いっぱいのビー玉をぶちまけて遊ぶ和泉と清史郎も、黙って飴を舐めている茅も。
もう、みんな勝手にすればいいじゃんと、瞠は、笑った。

笑った。

あの冬の日の朝焼けから、一年後の今日だった。
記念日だなんて、誰もなにも言わなかった。
それでも、きっとみんなわかっていたから。
だから誰も帰省しないで、全員が幽霊棟で今日という日を迎えたのだと思う。
あの賢太郎だって、大人しく今日という日にこの場所にやってきて、辻村の御節をつついている。
長い長い、物語が終わったあの冬の朝焼け。
それは、また新しい物語の幕開けでしかなかったけれど、それでも確かに一つの物語が終幕を迎えた朝だった。
良かった。
ネヴァジスタに行かなくて。
良かった。
あの時、たったひとつだけの我儘を口にして。
「よかった‥‥」
「なにがだい」
少しだけ不機嫌そうに、神波が問う。
牧師舎の空気は、少し肌寒い。
幽霊棟は、あんなに温かかったのに。
「別に」
口を尖らせた瞠に、神波は平淡な顔でそうとだけ言った。
興味がないかのように。
神波のこういう態度を見ると、瞠はいつも怒ればいいのか悲しめばいいのかわからなくなる。
わからないから、いつまでたっても狼狽えてしまうのだろうか。
「誠二」
怖いと思いながら、口を開いた。
怖いのは、神波じゃない。
ただ、彼の態度で揺れる自分の気持ちが怖かった。
「やっぱ、行かねえの」
新年パーティーと、口の中だけでもごもご続ける。
「行かないよ。君たちだけで楽しんでおいで」
「でも、清ちゃんが呼んでこいって」
「あのね。瞠君。俺だって、忙しいんだよ」
わかるでしょうと、諭す大人の仮面をかぶった神波に苛々した。
「でも、清ちゃんが呼んで来いって!」
言葉を叩きつければ、返るのは溜息ひとつ。
「君は、聡い子でしょう?はっきり言わないと、わかんないかなあ?」
神波も、苛々しているのだろう。
段々、声が冷淡なものに変化していく。
「子供の遊びに、付き合う暇ないよ」
吐き捨てて、神波が出て行った。
瞠は、その背中を見送ってから膝を抱えて顔を埋める。
小さくなって、なにか言おうとして、結局口を閉ざした。
いつもこうだ。
互いにトゲだらけの生き物にでもなったようだ。
近寄るだけで、お互いのトゲで傷つける。
本当は、そんなことがしたいんじゃないのに。
ぎゅうっとますます小さくなっていたら、不意にドアが開いた。
顔は上げない。
すぐそばに人の気配が忍び寄って、呆れたような溜息が聞こえた。
「瞠君」
怒ってるみたいな、困ってるみたいな声。
やっぱり顔は上げなかった。
もう一度、溜息。
「あの、さ‥‥」
なにかを迷うような沈黙のあと、神波が言う。
「他の子には、内緒だからね」
頑なに顔を上げない瞠の頭の上に、ぽすんと紙袋のようなものが置かれる感触。
「新年、おめでとう。もう、戻りなさい」
それだけ言って、神波が再び部屋を出て行った。
何も答えずに、亀のように縮こまって少しの時間を過ごす。
ようやく顔を上げると、がさりと頭の上の荷物が落ちた。
包装もなにもされてない素っ気ない紙袋が、瞠の髪を滑り落ちる。
「なんなんだよ」
よくわからない苛立ちを抱えたまま、とりあえず紙袋の封を開けた。
「‥‥‥あ」
中から出てきたのは、クリームが柔らかい色合いの暖かそうなマフラー。
戸惑いつつも、袋から引っ張り出す。
「俺、の‥‥?」
他の子には内緒だからね言った、神波の声が蘇る。
「‥‥‥こんな、の‥」
マフラーを広げてその柔らかな毛糸に顔を埋めた。
「せいちゃんの、ばか」
ぐすっと、鼻がなる。
ぎゅうっと、再び縮こまった。
よかった。
もう何度も繰り返した言葉を、また繰り返す。
よかった。
あの時、選べて。
きちんと、自分で選んで決めてよかった。
皆が生きていて欲しい俺の我儘を、選べてよかった。
本当に、良かった。
「嬉しいからじゃ、ないかんな」
誰もいない牧師舎の一室で、瞠は言う。
「嬉しいからじゃ、なくて」
涙で濡れる頬を、マフラーに押し付けた。
「あったかいから、だから」

だから、涙が溢れるんだ。

もう少しだけ泣いたら、マフラーを巻いて幽霊棟に帰ろう。
帰って、ミントのあめ玉を舐めながら皆でビー玉バトルでもするんだ。
そうして夜には、言おう。
きっと、誠二の前でも笑えるはずだから。
だから、笑って。
おめでとうと、それから。
‥‥‥ありがとう、を。



一周年、おめでとうございます。
出会えて良かった!と思える作品であり、
もっと前から出会っていればと思わせる作品であり‥‥
想うことは色々あるのですが、上手く言葉にはできません。
とりあえず言えることは、ネヴァジスタをプレイした春先から、
たくさんの「楽しいこと」をいただきました。
本当に、本当に感謝の言葉しかありません。
今後ともTARHS様及び、幽霊棟の方々の活躍を
お待ちしております。
最後に、最上級の感謝と愛をこめて。
心躍る日々を、ありがとうございます!


◆ さくまるうか
◆ @ruukasakuma
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