拝啓、おにいさま。


久しぶり、お兄ちゃん。お兄ちゃんに手紙を書くのは、随分と久し振りです。

読んでくれてるかなあ。読んでくれてるよね?
もし俺がそっちに戻った時に、この手紙の封がまだ切られてなかったら、俺はまた努力をしなければいけません。
なんて冗談だよ。だから、怒らないでね!

俺は今、南の方にいます。そっちの冬は寒いよね。こっちの冬はまだ少し暖かいです!
色んな人によくしてもらっています。犬の賢太郎も元気です。そっちのみんなも風邪とか引いてないかなあ。心配です。

もう少ししたら、またそっちに戻ろうと思います。みんなによろしくお伝えください!


御影清史郎

敬具。


「それで―――」

幽霊棟の食堂には、件の一同が介していた。久保谷瞠、和泉咲、白峰春人、辻村煉慈、茅晃弘、槙原渉―――そして俺、津久居賢太郎。

「『それで』、何だデコ」
「わからないのか」
「ああ、わからないな」
「…ちょっと。二人して何で喧嘩腰なの?やめてよ…」
「春人。やらせときなよ――煉慈」
「和泉」
「僕も同じ気持ちだ」
「…………」

煉慈は咲に共感されたことで、とりあえずは溜飲を下げたようだ。煉慈は上げかけた腰を椅子の上に下ろし、憮然とした表情で肘を付いた。視線が絡めば、煉慈は俺をじっとりと睨んでくる。―――なんだ。俺のせいじゃないだろうが。…と、口に出しかけて止める。

なに、不満を抱いているのは何も煉慈だけじゃなかった。
咲も春人も。瞠も晃弘も槙原も。俺だって不満だった。だから煉慈の怒り出したい気持ちも解る。

だが不満の矛先を――兄だからってだけで――俺に向けるのはやめろ!


「もう少しってのは、いつなんだよ!」

作家先生は代弁する。
…わからない、としか俺は答えを持たない。


「それから、何か連絡はないんですか?」
晃弘も幾らか憔悴した様子で、呟くように問い掛けてきた。

「手紙が来たのは、もう何週間も前でしょう」
「連絡があれば伝えてるさ。それこそ、お前たち何かないのか」
「連絡があれば伝えてます」
晃弘は困り顔に眉を寄せた。

「槙原。お前は何かないのか」
「ないよ。あれば伝えてる」
「学校側からとか。口止めされてないのか」
「されてないよ!されてたら言ってるよ!」
「それは逆にどうなんだよ…じゃあ、瞠は」

声を掛ければ、瞠はびくりと肩を揺らした。…怪しい、が―――こう言う奴と言えばそうだ。人が大好きで、人と関わるのが得意なくせして、人と仲良くするのが苦手な。矛盾しているが。

「…俺は知らない」
「とか言ってまた何か聞いてるんじゃないか?」
「違うよ…!」
「信じるぞ」
「……ああ。嘘じゃない」
「そうか」

―――と、なれば。

「本当に誰も、清史郎の居場所も何も知らないんだな?」


食堂は重い沈黙に閉ざされた。仏頂面をした煉慈の表情にも、どこか不安の影が見えた。何てことない顔をした咲も、机の上の指先を忙しなく揺らしている。春人も元々白い顔を尚青白くして、きつく唇を噛み締めていた。槙原は頭を抱えている。俯いた瞠の肩に、晃弘が手を乗せた。


図書室のネヴァジスタ。

あの一件はもう、一年も前に遡るのだった。
俺は弟を、槙原は生徒を、幽霊棟は友達を取り戻し、一人の教祖を喪った。
清史郎一人を残して五人は三年に進級し、もうそれぞれが進路を決めている。

その矢先のこれだった。清史郎は大人しくしているたまじゃなかった。清史郎は犬を連れてある日ふらりといなくなり、そして数週間前、俺に一通の手紙を送った。

『拝啓、おにいさま――』

そんな書き出しで始まった手紙は『もう少し』と言う謎を残す。

今度こそ本当に、誰も清史郎の安否を知らない。瞠が嘘を吐いていなければ。

『まさか、今度こそ本当に…』

嫌な想像ばかりが膨らむ。清史郎の制服は脱いだままの姿でベッドに放り出されていたし、生徒証も机の上に放ってあった。身分を証明するものを置いていかれては、こちらから探しようがなかった。
だから七人も揃っていたってそのうち二人が大人だったって、手も足も出ない。お前はまた絶望するか?

煉慈が机を叩いた。
「…何か連絡する手段はないのか。手紙がどこから来たのか調べるとか…」
「あればやってる。手紙に住所はなかったし、清史郎がひとところに留まってるとも思えない――」

俺は煙草を咥えて火を点けると、噎せそうなほど深く吸った。吐き出した煙が、電気を点けていても薄暗い冬の夜に白く光っている。
横から手を差し出されて、見ると春人だった。渡すと春人は一本取り出して吸い、槙原に申し訳なさそうな笑みを向けた。槙原は「駄目だよ」と言った以上は何も言わない。
春人は煙草を指に挟んで目を細める。

「清史郎は何をしに行ったんだろうね。卒業式にも帰って来なかったらどうしよう?卒業祝いくれるって言ったのに」
「卒業祝い?」
「そう。まだ秘密だって」
「ワインじゃないだろうな」
「やめてよ。でも、まあ…俺たちだって、清史郎とワインは飲みたくないよ」
「もっともだな。…そうだ、瞠」
「何だよ」
「神波の奴は?」
「…何もない、と、…思う。……黙ってたらわかんないよ。でも多分黙ってない」
「何でわかる?」
「そう思いたいだけだよ」

瞠は年齢にふさわしくない、すれた笑みを浮かべた。それを見るのはもう随分と久しぶりだった。直接浮かべさせたのは神波だが、元を質せば神波を疑わせた清史郎のせいで。

…口内の煙草が嫌に苦い。俺は食卓の上に灰皿を探し――彷徨わせた視線が、槙原と絡んだ。俺はぎょっとしたが、槙原はそうでもない。
槙原が俺と視線を合わせようとしていたからだ、と気付いたのはすぐ後だった。
槙原は俺に苦り切った笑みを向け、頷いて見せた。

「明日になったら…届を出そう」
「届?」

反応したのは煉慈だった。俺は槙原に、悪いな、と思う。

「捜索届を」

それは大人である俺か槙原、どちらかが言うべきことであって、俺は槙原にそれを言わせた。――古川。
煉慈は目を剥いて拳を振り上げ――…力なく食卓に置いた。もっともな選択だと気づいたんだろう。
それにそもそも、出したからと言って何か決まるわけでもないんだが…気分は良くない。

捨てそびれた煙草はもう、唇を焦がしそうになっていた。室内には再び重苦しい沈黙が落ち。今日はこのまま、何も変わらないだろうと思った。――明日、届けを出せば変わるか?…そんなことは誰にもわからない。
俺は目の前の水のグラスに煙草を浸した。消火の音はもっと、小さいはずなんだが…指を離せば煙草は、グラスの底に沈んだ。
俺は二本目を吸おうかと迷い、その選択を終える前に、物音に顔を上げた。

「寝る」

それは咲だった。咲は良いだろう、と言う顔で全員を見回して、さっさと部屋へと去っていった。
呆気に取られた一同も、やがて諦めた顔でそれに続いた。
部屋には俺と槙原だけになり、槙原もついには、おやすみと呟いて席を立った。
俺はやっと、空の部屋で煙草を吸う。それからふと思い立って、鞄の中から手紙を取り出してみた。


「……拝啓、おにいさま」

何度も読み返した手紙は、声に出すとまた違った感じがした。

「…せっかく読んでやる気になったんだ。さっさと次の手紙を出してこい」

俺は手紙を鞄に仕舞い直すと、足音を消して食堂を離れた。
向かったのは……ネヴァジスタ。清史郎の部屋だ。鍵が閉まってるんじゃないかと忌避したが、ドアノブはあっさり回った。

家主のいない部屋に踏み入れて、ぐしゃぐしゃのシーツに座って煙草を吸った。電気をつけ忘れたのに気付いたのは扉が閉まってからだった。咥えた煙草だけが明るい。
転がっていたコップに吸い終わった煙草を次々と放り込み、何時間経っただろうか―――当てもない思索に意識を彷徨わせ。
どこかで物音を聞いた。

――泥棒?盗られて困るものもないだろうが。
――不審者。あいつらは仮にも学生で。

俺は煙草を消すと、息を殺してゆっくりと扉を開けた。するとちょうど、槙原がいて鉢合わせた。

「…………」

槙原は口元をきゅっと引き締めて、小さく頷く。俺は目配せで済ませ、槙原に付いて歩き出した。
階上から気配がして、見上げると階段の縁から奴らが身を乗り出している。放っておけば付いてきそうだったから、しっしっと手を振ってやった。

「……食堂の方だと思うから、誰か居たら何とかしてよね」
「何でだよ。お前がしろよ」
「たかだか英語教師に多くを求めないでよ!チンピラ記者でしょう!?」
「でかい声を出すな!チンピラは余計だ!」
「大きい声出さないでよ!気付かれ――…」

――突然の物音に、俺も槙原も息を詰めた。それは今度は疑い用なく、食堂からだった。再び槙原に目配せし、足音を抑えて歩き出す。
何か、武器になりそうなものを持ってこなかったことを心底後悔した。槙原もどうやら手ぶらだ。しかし引き返す訳にも行かない。
奥歯を噛み締め―――踏み込んだ食堂には灯りが灯っていた。蛍光灯の光が目に滲みて、脳まで貫くようだ。


「……こら、駄目だよ賢太郎…しっ」


しかし犬は飼い主の言うことなど聞かず大きな声で吠えた。テーブルの下から転がり出た犬を、手を伸ばして飼い主は捕まえようとした。
まだ大人になりきれていない子どもの腕。しかし捕まえることはできず、犬はどこかへ駆けて行ってしまった。
飼い主は、あーあと呟いてテーブルから這い出して、やっと俺たちに気付いたようだった。


子どもたちが歓声を上げながら、犬と供に階段を駆け降りてくる。
その音を聞きながら、俺はやっと手紙の返事を出せることに安堵した。


一周年おめでとうございます!来年もネヴァらねヴぁ!


◆ みざき
◆ @mi_zak
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