それは夢のような一日だった。
 マッキーとの約束で家に帰っていた皆は、昼前には寮に戻ってきた。マッキーにおかえりと言われて嬉しくて笑い返した。戻ってきた順序は、俺、さっちゃん、ハルたん、レンレン、清ちゃんと賢太郎と、茅サンが作業服を着た何人かと一緒に大きな荷物を持ってきた。清ちゃんは、すげえよすげえよと繰り返して、賢太郎はうんざりしてもう何も言うまいって顔をしてる。何があったのかと見守っている皆の前で、茅サンが言った。「テレビを買ったんです。安かったので」
 茅サンが買ったのは40型のプラズマテレビだった。勿論簡単に買えるような値段じゃない。レンレンとハルたんとマッキーは叱ったけど、さっちゃんと清ちゃんは喜んでた。賢太郎はもう叱った後なんだろう、黙って煙草を吸ってた。俺の視線に気付き、俺の他にも聞こえるように、「理由を聞いてみたらどうだ?」と言った。偉そうに、とマッキーが呟いた。俺もそう思った。
「久保谷が」
 俺は自分の名前が出されたことにビクッとして、いくつかの視線が自分に向いたことに気付いて俯いた。
「食堂にテレビがあったら皆で騒げるのにねって残念そうだったよと、白峰が言ってたので」
 買ってきました、と茅サンは繰り返した。やりきった顔だった。俺は嬉しいのやら申し訳ないのやら、よく分からない気持ちになった。ハルたんも困った顔で笑ってた。
 そうこうしている内に業者は作業を終えてしまう。茅サンが何でもない顔で作業完了の紙にサインをしていた。
「終わってしまったものは仕方ないだろう。ほら、夜は宴会でもするんだろ。準備はいいのか? 昼だって食べてない奴が居るんじゃないのか?」
 うるさいなあ、とマッキーが呟くのを聞きながら「俺は向こうの手伝いしながらちょっと食べたよ」と言った。マッキーは賢太郎に張り合うとき、子供みたいでかわいい。
 結局食べてないのはマッキーだけだった。
「何で寮にいたお前が食べてないんだよ! 何日か分の飯は作ってってやったろ! ほら、冷凍されたままじゃないか! なんで食べてないんだ!」
「辻村、そんなことまでしてたの…」
「ほっとくと酒とつまみしか食べないんだぞ! 帰ってきて倒れてたらどうするんだ!」
「それは心配だけど…」
「先生、何食べてたの」
 さっちゃんがマッキーの正面に立って袖を引いた。レンレンとハルたんは会話を止めてその様子を見てる。居心地が悪そうに、マッキーが言った。
「パンとかチーズとか…」
「ワインのつまみ用のか?」
「魚とか…」
「乾燥してるやつじゃないだろうな」
「………」
 あーあ、とハルたんが呟いた。次の瞬間レンレンの説教が始まった。

 おい、と呼ばれて振り返る。
「何だよ」
「いつまで遊んでる。早く準備しろ。俺は出来るまで休ませて貰うからな…徹夜明けなんだ」
「おやすみ兄ちゃん!」
 俺の非難より清ちゃんの了承が早かった。「じゃ、早く準備しようぜ瞠!」そう言われて、俺に否定なんて出来るはずがなかった。

 結局準備はレンレンと俺とマッキーがした。ハルたんは途中で眠気に耐えられずリタイア、茅サンは刃物が駄目だしさっちゃんが手伝うはずもなく、清ちゃんは「兄ちゃんの様子見てくる!」と言ったきり戻ってこない。俺はマッキーと料理が出来て嬉しかったから良かった。レンレンは愚痴ってたけど、マッキーに宥められてた。いいなあと思った。
 結局皆揃ったのは、外もすっかり暗くなり、食事の用意が出来た頃だった。
 大型のテレビを見て、皆で騒いだ。酒を囮に喧嘩を禁止して、テーブル一杯に料理と酒とお菓子が散乱してた。今日ばかりはそれを叱る大人もいなくて、俺はこっそりと去年のことを思い出しては泣きそうになった。
 宴会が終わる頃、マッキーが今日だけだよと笑って言った。俺たちは喜んで自分たちの部屋から布団を持ってきては、食堂の床、テレビの前に敷き詰めた。その布団に潜り込む。俺の隣にマッキーがいた。

 夢のような一日はそうやって終わった。俺たちが大人になる時間が縮まっていくのは、少し怖い。でもこの時間を壊す方がずっと怖かった。
 外から届く光の強さが増していく。すぐ近くにあった子供みたいな寝顔に恐る恐る触れてみた。ぱちんとそれが開いて、細められた。おはよう、と声がする。
 新しい朝だ。世界はたぶん残酷で美しい。
 泣きそうな顔で、俺は笑った。
「おはよう」


大好きです。一周年おめでとうございます!


◆ 一祈
◆ @saraitoto
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