「幽霊棟に遊びに来る?」


白峰の声に、真っ先に反応したのは食堂の椅子に座って携帯を弄っていた和泉だった。
「何?賢太郎から?」
白峰が受けた電話の主はどうやら津久居からのものらしい。
新しい物好きの白峰らしい、最新型のスマートフォンを耳に当てたまま、和泉の問いかけに白峰は首を縦に振る。
「うん、和泉。もうそろそろ夕飯の時間だから、食堂で――」
「なんだ、賢太郎の奴久しぶりに来るのか?」
夕飯の用意をしていた辻村の声が白峰の話す声に重なるように投げかけられる。
今晩のメニューは冬らしく鍋にしたようだった。
大量の野菜と実家から送られて来たらしい鍋用の肉を並べ、鍋に昆布を敷いているところだ。
「つうかなんでハルたんに連絡なんだよ。清ちゃんに先に連絡してやれよ。」
相変わらずどうしても津久居に好意的にはなれないのか、冷蔵庫の中にあったペットボトルのジュースを取り出しながら久保谷が悪態を吐く。
冷たい表情で胡乱に目を細める久保谷に辻村は黙って肩を竦めるだけで、また手元に視線を落とした。
「相変わらず賢太郎に手厳しいね。」
電話を終えたらしい白峰が、台所のあまり広くは無い隙間を縫って、久保谷の後ろから自分で買ったらしい紙パックの紅茶に手を伸ばす。
「あ、このプリン食べていいやつ?」
「春人――それは僕のだから、ダメ。」
「つーか、メシ前に余計なもん食うなよ。」
「っていうかさ、」
母親と子供のような会話に苦笑しながら、久保谷が話を戻す。
「遊びに来る、じゃなくてもっと言いようあるだろ。」
「ふん?賢太郎いつ来るって?」
「29日だってさ。仕事納めが前日らしいよ。」
「賢太郎も素直じゃねぇな。」
白菜をザクザクと切りながら、辻村がにやりと皮肉気に笑うのを白峰が呆れたように横目見る。こそりと呟いた言葉は包丁の音に紛れて辻村にはどうやら聞こえなかったらしい。
「賢太郎も辻村には言われたくないと思うよ……?」
紅茶をパックから直接飲みながら、白峰がテーブルにつくと、黙々と茅が小さな部品を組み立てている。
「和泉、茅の邪魔しないよ。」
横から茅の手元に転がっているパーツを手に取ってしげしげと見つめている和泉は、白峰の声にも生返事で、楽しそうに帆を支える骨組みを指先で弄ぶ。
「晃弘、そのパーツこっちじゃない?」
「ん――、あぁそうか……。」
手先の器用ではない茅は少し困ったような顔をしながらも、黙々と和泉に指差された先に細いパーツを震える指先でそっと乗せた。
不器用な手によって作られた、歪な小さな帆船はまだ完成半ばだ。
「おい、そろそろそっち片づけろよ。」
鍋と皿運べよ、と辻村がまたもや母親のように言う。
「はぁい。――あれ?そう言えば清史郎は?」
ふと和泉が携帯を覗きこんだままぽつりと呟いた。
「ご飯時になったら真っ先に大声で"煉慈ーめしー!"って言うのに。」
声のトーンの低い和泉が似ていない清史郎の真似をするのを聞いて、久保谷は肩を竦める。
「どうせまたどっかでややこしいことになってるか、ややこしいことを考えているか、ややこしいことをしているかのどれかだろ。」
「全部おんなじようなもんじゃない……。」
笑って言いかけた白峰の言葉を遮るように大きな音で窓がなる。
古い建物が大きくその寒さに震えるように揺れた。
外は猛吹雪。朝のニュースでは、この冬一番の寒さだと告げていた。
「……ねえ、清史郎大丈夫かな……。」
不安げな白峰の声が、風の音で騒がしいはずの室内に不気味に大きく響いた。
「……いや、別にガキじゃねえんだから、大丈夫だろ?」
妙な静寂の中、空気を打ち壊そうとして失敗している辻村の声が一層の不安を煽る。
「……清史郎最近またなんか隠してるよね――僕達に、何かを。」
食堂の椅子に凭れて空を仰ぐ和泉の顔は、何かに縋るような頼りない様子だった。
「いっつも放課後にこっそりいなくなってる。」
清史郎には前科がある。
あの夏のあの嵐の日に。
今日はあの嵐の日とは違うけれど、まるでそれを思い出させるような白い嵐が建物と共にそれぞれの不安も揺らす。
「……俺、ちょっと清史郎を探してくる。」
一瞬の静寂の後、席についていた白峰が、ぽつりと呟く。
その言葉を聞いた辻村は、下ごしらえの途中にもかかわらず、包丁を置いて食堂の白峰を振り返った。
「……何言ってんだ、白峰、馬鹿か。」
「はぁ?なんで?」
「とりあえず連絡入れて見りゃいいだろ。携帯持ってんだろ?」
「賢太郎が、さっきの電話で『清史郎に連絡したんだけど、繋がらなかったから』って。」
「……は?」
「俺に掛けてきた理由。清史郎が賢太郎の電話取らないなんて、考えられないよ。――あんなに賢太郎の電話を待っているのに。」
投げつけるように言葉を重ねながら、白峰が紙パックの紅茶をテーブルに乱暴に置いて、立ち上がる。
「探さなきゃ。――あんなのもう嫌だから。」
「おい、おい!待て!わかった。わかったけどお前はここで清史郎が帰ってくるのを待ってろ。」
「なにそれ、どうして?!」
「怖がりのくせにやめろって言ってんだよ、お前のお守しながら探して回る身にもなれよ。」
久保谷と和泉が、あぁ、とそれぞれ眉を下げるのと肩を竦めたのと、白峰が怒りに拳を握り締めたのとはほぼ同時だった。
食堂と台所からの舌戦は、白峰が辻村に詰め寄ることで、一層激しさを増した。
「――馬鹿にする気?そういう辻村こそ、清史郎が心配じゃないの。薄情。」
「誰が心配してないって言った!!」
「あああ、レンレンもハルたんも落ち着いてよ!!もう一回とりあえず連絡してみよう?!ね?!」
狭い台所で今にも掴みかかりそうな二人の間に、困りきった様子で久保谷が割り込む。
ぴりぴりしている二人はそれでも、久保谷の言葉に同意したのか、口を噤んだ。
「さっちゃん、清ちゃんに連絡してみてよ、とっとと帰って来いって!」
睨み合う二人をなだめながら、台所の緊迫した空気も知らぬ顔で、だらりと椅子に腰かけている和泉に久保谷が言うと、和泉は、ん、と小さく頷いて既に携帯を耳にあてていた。
長い静寂が続いて、はぁ、と和泉のため息が落ちる。
「――留守電。」
差し出された携帯からはかすかな音量の機械音声が漏れている。
和泉に続くように、はぁ、と不安げな声が充満して、弾けた。
「やっぱり、俺外探してくる。」
「……ちっ……とりあえず、行き違ったらまずい。俺らがいないとなったら清史郎が帰ってきた時に、あいつまでまた飛び出して行っちまうぞ。」
折れない白峰の様子に苛立ちを隠さずに、辻村は顔を顰める。
対して、白峰は辻村が反対するほどに、頑なになっていく。
「メモでも大丈夫でしょ?それか……そうだ、先生は?まだなの?」
「先生、確かテストの採点があるから、学校に残るって。ここじゃできないからって。」
白峰の言葉に、和泉が答えて、ふと気付いたように同じく席に座ったままの茅を見遣る。
「ねえ――晃弘は何か知らないの?」
和泉の問いかけに、未だ帆船を触っていた茅が、気付いたように顔を上げる。
「――え、何だ?」
「お前はぼうっとして……!」
「茅!清史郎を探さなきゃ……!」
辻村と白峰から同時に言葉を重ねられた茅は、二人の勢いに呑まれたように目を丸くしたが、白峰の言葉にすぐに顔を顰めた。
「清史郎……?清史郎がいないのか?」
「茅っぺは何か聞いてない?清ちゃんから。」
茅に駆け寄る久保谷の不安げな顔を見て、茅は一瞬困ったように眉を下げて、首を小さく振った。
「……いや。僕は何も知らないよ。」
「マッキーにも聞いて来よう、何か知ってるかもしれない。」
久保谷がそう言って食堂から出ようとした瞬間、玄関から甲高い音を立てて吹きすさぶ風と共に、呑気な声が響いた。
ゆっくりした足音が近づいて、顔を出したのは今まさに久保谷が会いに行こうとした人物その人だった。
「ただいまぁー……って……えっ何この雰囲気どうしたの?」
「先生!!!!清史郎が帰ってこないの!!」
「マッキー!!どうしよう!清ちゃんが……!」
帰ってくるなり飛びかかってきた、白峰と久保谷にスーツ姿のままの槙原は目を丸くした。
尋常な雰囲気ではない食堂の様子に、すぐに眉を顰める。
「清史郎君が帰ってこないって……まだそんなに遅い時間じゃないし、大丈夫じゃないかな……?」
食堂の時計を見上げると、時間はまだ7時を過ぎたくらいだ。
冬だから、勿論外は暗いが、そう怖がるほどの時間でもないのは確かだった。
「槙原、あいつが賢太郎の電話に出なかったって言うんだ。何か困ったことになってるかもしれない。」
腕を組んだ辻村が、同じく困ったように眉を寄せて言う。
そんな子供たちの様子に、槙原はふと、あ、と口を噤む。
「ああー……そっか……うーん……」
「先生?どうしたの、何か知ってるの?清史郎は何してるの?」
「先生、僕達に何隠してるの。」
またもや詰め寄る子供たちに、槙原は慌てて首を振る。
「いや、別に隠してるってわけじゃないんだけど……!」
「もういい、槙原、お前はここで清史郎を待ってろ。」
もごもごと口ごもる槙原に、業を煮やした辻村が突き放すように言う。
そうして、踵を返し、食堂を出ていこうとする辻村を槙原が追いかけておし留める。
「ちょっと……!外凄い吹雪だから!危ないよ!」
きちんと整備された学校と幽霊棟との往復だけでは済まない。
辻村の様子は真剣で、このままでは学校と幽霊棟の周りだけではなく、闇の中の山道を歩きまわりかねない。
日中で、晴れた日ならばともかく、暗い吹雪の中だ。それこそ探して回る辻村の方こそ危険なのはわかりきっている。
辻村は焦って止める槙原を一瞥すると、そのまま背後の白峰へと視線を移す。
「白峰もだ、ここで槙原と待ってろ。」
居丈高な物言いに、白峰がまた先ほどまでのやり取りを思い出したように、顔をむっと顰める。
「だから、何で?!馬鹿にしないでよ、辻村。感じ悪いよ。」
「うるせぇな、言うこと聞いて大人しくしてろよ。怖がりのくせに。」
「怖くないって言ってるでしょ?!勝手に決めないでよ!」
「ちょっと……二人ともケンカしてる場合じゃ……!」
また掴みあいそうになっている二人を止めに久保谷が割り込むと、辻村は、ああ、ともどかしそうに額を抑えて呟いた。
「――危ないから、いろって言ってんだよ!」
「は…?」
「わざわざ無理すんなって言ってるんだよ!」
一気に言葉を吐き出す辻村に言われた白峰も周囲も驚いて、辻村を見遣る。
言ってしまった本人は一度言葉に出してしまうとある種ふっきれたのか、恥ずかしそうな顔をしながらも更に言葉を重ねる。
「俺が、これ以上誰かが嫌な目に合うのが嫌なんだよ、……くそっ」
舌打ちをしながらも赤い顔をする辻村に、和泉が口笛を吹いて感嘆の声を上げる。
「……ワオ。とんだ告白だね、春人。」
「さっちゃんは黙ってろって……っ!」
「な、な、何恥ずかしい事言ってんの……」
「悪いかよ……」
辻村の様子をぽかんと見上げていた白峰は、ふ、と小さく微笑んでありがとうと呟いた。
「でも……辻村が心配してくれるのはありがたいけど、俺は大丈夫だよ。」
真っ直ぐ辻村を見上げる白峰を、辻村は黙って困ったように見る。
今までなら白峰の言葉の真意をはかれなかった。
辻村は、ただ、黙って白峰の言葉にじっと耳を傾けた。
「……怖いことじゃないってわかったから。誰かのために暗闇を走るのも、暗闇の向こうも。」
辻村も多分同じだよね、と言う白峰に、辻村は大きく息を吐いた。
諦めたように頭を掻くと、白峰だけではなく全員の顔を見回す。
「……わかった。一緒に探すぞ。」
「ふふ…心配してくれてありがとね、辻村。」
うるさい、と恥ずかしそうに顔を逸らした辻村は、そのまま動きを止めた。
辻村の視線の先で、いつものようににこにこと笑いながら、今まさに探しに行こうとしていた清史郎が雪のついたマフラーを外していた。
いつもの制服にいつもの笑顔で、なのに、今の食堂のなかでは異質だった。
「ただいまー!!!……って何だ、煉慈と春人、これどういう状況??」
食堂の扉をくぐった清史郎はきょとんとした顔をしたまま、みんなが立ち上がって驚いた顔をしている様子を見渡した。
唯一扉の前でほっとした様子の槙原を見上げて、なになに?と疑問を投げかけると、突然に時間が動き出したように、みんなが声を上げた。
「……!!!!清史郎?!」
「清ちゃん!!お前、電話もねぇし、連絡もしねぇし、何してたんだよ!!!!」
「え……?何どうしたの??え、え??」
「心配したんだぞ!!清史郎……!なんで連絡しねぇんだよ!!賢太郎からの電話も出ねぇで……。」
「えっ!兄ちゃん電話くれてたの?!……あ!!電源切ってたんだった……うう……。」
しょぼんとした様子で、ポケットの携帯の電源を入れようと取り出す清史郎にも構わず、白峰がまた清史郎に詰め寄る。
「辻村の言うとおりだよ、清史郎。連絡なかったら心配するに決まってるじゃない……!」
「え、連絡って……俺、晃弘に知り合いんち行くって言ったもん?!」
清史郎の言葉に、一斉に茅を振り返る。
茅は未だに食堂のテーブルの前できょとんとしていた。
「……はぁ?! なにそれ茅どういうこと!?」
「晃弘、何で僕達が聞いた時に『何も知らない』なんて言ったの?」
「茅っぺ……、どういうこと……?」
「おい、どういうことだ?!」
詰め寄る対象が自分に変わったことに驚いたのか、茅は詰め寄る白峰や和泉をおし留めるような身振りをして、眼鏡を押し上げた。
「 いや……清史郎に秘密に――」
「わああ、晃弘駄目だってば!!」
茅の言葉に、清史郎が慌てて茅を止める。
そして、しまった、と眉と口角をふにゃりと下げた。
そんなわかりやすい様子を、幽霊棟の子供たちが見逃すはずもなく。
「 ……清史郎、やっぱり僕たちに何か隠してるね。 」
「うー……もう、晃弘のバカーー!!」
「ご、ごめん……?」
拳を振り上げて、茅に叫ぶ清史郎と、困ったように首を傾げる茅の様子に、和泉が小さく笑い声を上げた。
「ふふ…可笑しい。」
「……和泉?」
全員が、和泉の顔を見る。和泉は、怒ったようなとも、笑っているようなとも、困っているようなとも言える、複雑な顔をしていた。
「清史郎、僕達はまた同じことをするよ。」
清史郎に向かって言う和泉は、大きな瞳でじっと清史郎を見上げた。
「でも、清史郎の思う通りには動いてあげない。」
和泉の言葉に、清史郎は驚いたように口をぽかんと開いた。
そんな清史郎の様子を得意げに和泉は見遣る。
「僕たちは――みんながみんな、同じように大切だって知ってるから。」
そう言って、ゆっくりと周りに立ち尽くす顔を見渡す。
その顔は驚きながらも照れくさそうに微笑む。
「――だからね、賢太郎の電話の内容は教えてあげない。清史郎ももっとびっくりしたらいいよ。」
「……えっ?!」
「ね。そうでしょ、みんな。」





「で――あの電話攻撃かよ」
携帯の受話器から聞こえる声は、心底疲れた声をしていて、槙原は内心笑いながらもそれを堪えた。
ざわつく背後は彼の職場だろうか。槙原の職場とは違い、荒っぽい声が時々飛んで、その忙しさが音だけで伝わってくる。
子供たちに聞かれないようにと、授業が行われている時間に掛けているので槙原の周囲は穏やかな静寂に包まれている。
そのせいで余計に大きく感じる声を、ほんの少し落とした。これは子供たちには絶対に聞かれたくない、内緒話だった。
津久居賢太郎と秘密を共有するなんて、ぞっとするけれど、と冷たい風に冷えてきた体を縮こまらせて槙原は中庭のベンチに座った。もちろん、受験生の白峰は寝てはいない。
「あのくらい、かわいいもんじゃん?」
「年末の忙しい時に6人全員から一斉に電話掛けられたら携帯使えなくなるだろうが」
「チケットセンターみたいだ」
「ふざけるなよ……」
槙原は折角こらえた笑いを堪え切れずにふふん、と漏らした。
「29日に御影君を迎えに来れなかったら困るしね?」
意地悪のつもりで言い当てると、電話の向こうで顔を顰めているのが容易に想像出来る程の、苦々しい声で頷いた。
「……まぁな。」
「素直に最初からそう言えばいいのに。面倒くさいな」
「お前みたいに単純にできてねえからな」
「なんとでも――」
負け惜しみのようなセリフが可笑しくて、笑う。足元の天使が冷たい風にも負けずに、日差しに照らされて柔らかい眼差しで空を見上げている。
あの日はなんだか寂しげに見えていた。でも、もしかしたらずっとあの天使は優しく微笑んでいたのかもしれない。
「で。清史郎の計画はばれてないのか?」
「ああ、それはなんとか死守したみたい。まあ、御影君的には茅君に職員室で僕との話聞かれちゃったのが一番辛いみたいだけど。」
「晃弘はな……案外、内緒話に向かないタイプだ……。」
「ポーカーフェイスみたいに見えるのにね。ついついぽろっと出ちゃうみたい。あの日から清史郎君、茅君をずっと見張ってるもの。」
電話の向こうで津久居が大きく笑う。
「清史郎を振り回すとは、晃弘はやっぱり大物だな。でも清史郎なら多分うまく隠しとおすだろ。」
「うん。――楽しみだね。きっとあの子たちもびっくりするよ。僕もびっくりしたし。」
清史郎が職員室で嬉しそうにも寂しそうにも見える顔で、一生懸命槙原に計画を説明したのは、ほんの少し前のことだ。
荒唐無稽な計画を場所も忘れて語る清史郎に、周りの教師たちは顔を顰めていたけれど、槙原は清史郎の内緒の計画を笑って認めた。
それは清史郎の思いが槙原にはわかったからに他ならない。
大事な人たちに伝えたいことがあるのだと。それを教えてくれていることが、わかっていたから。
「こんなに早くから準備しなきゃならないほどのことやらかそうってのに、お前も大概な教師だな。」
「だって、あの子たちの喜ぶ所、僕も見たいもの。」
「まあな。清史郎も寂しくなるだろうしな……。」
「んー……でも、うん、大丈夫だよ。」
「……ああ。」
小さく授業の終わりを告げる音がする。
みんながいつものように教室から出てくる様子を想像して、でもそれがもうすぐ見れなくなることも分かっている。
あと何度、あの子たちとこの風景を見れるだろう?
目ざとい子供たちに見つからないように、槙原と津久居は電話を切った。



ずっと、ずっと、寂しいことも、悲しいことも、辛いことも、 一杯に体の中を満たしていた。
そしてそれは多分今もまだ――きっとこれからもずうっと、体の中で溢れかえっているのかもしれない。
だけど、その横には、ちゃんと幸せも寄り添っていたんだと。
あの冬に気付けたことは、とても幸運なこと。

すれ違う言葉の中の優しさや、闇の中を照らす勇気や、わかりあえないことを怖がらないことを。
格好の悪い自分から逃げ出さないことを。愛されることや愛することに躊躇わないことを。
そんな、大切なことに気付けたことはとても幸運なこと。


もうすぐ、この狭い世界から飛び出すけれど。
それでも、けしてこれまでの自分たちの世界は小さなものではないことを。




――僕達は、いつまでも、一緒に泣いて、怒って、そして笑いあえる。これからも、ずっと。





『図書室のネヴァジスタ』発売1周年おめでとうございます。
本当にこのゲームに出会えてよかったなと思います。どのキャラクターたちも本当に大好きで、皆に幸せになってもらいたい、という気持ちでなんのお祝いにもならないかと思いますが、SSを書きました><

これからも『図書室のネヴァジスタ』と
TARHSさまについていきます……!
本当におめでとうございます!


◆ 紫もみじ
◆ @momiji06031104


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